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2012.10.14 水無月雨夜

 
 あなたは虹を抱えている。あなたの胸の前には透明なドームがあって、虹は外界を遮断した中空にぽっかりと浮かんでいる。胸の前にドームがあっては当然ながら暮らしにくい。他人とぶつかりやすく、自分も傷を負いやすくなる。樹脂に似た材質の外壁は、弾んで指先を跳ね返し、爪を立てても沈んで受け止める。半月形の痕が残る表面を見てあなたは溜息を吐く。選択の余地がないことをあなたは既に知っている。理由も猶予も期限もなく、ドームは初めから存在した。あなたの指さえ受け入れない独立の空間。他人の眼には気詰まりな場所塞ぎに違いない。どんなに抱き合おうとも、ドームがある限り相手とあなたが密着することはない。

 あなたが虹を見つけたのはそんな夜だった。弾力あるドームが他人を押し返しあなたも押し返された夜。あなたはバーのスツールに腰掛けて酒を飲んでいた。紋切り型を踏襲することで一切合切が虚構にならないかと頭の片隅で期待していた。喉を焼く酒が胃の腑まで焼き始めた。翌日の休みが二日酔いで台無しになることをあなたはむしろ希っていた。ドームこそ抱えているが、あなたは人に冷淡な性質ではなかった。あなたは幾度も反芻した、ハードリカーを噛み締めながら、自らの言動を繰り返し再生した。あなたはあなた自身に過ぎないというのがあなたの結論だった。一重瞼で斜視の瞳、低い声、納得を行動要件とする頑なさ。ともすれば不機嫌の表出と解釈され他人を困惑させるかもしれないそれらの要素は、手入れされた肌やすらりと伸びた指や約束への忠誠といった美点で相殺できるものではなかった、矜恃で保持する美点がかえって他人への威嚇になり得ることまであなたは承知していた。

 あなたはさらに杯を重ねた。視界が滲んで狭くなった。潮時だとあなたは判断した。これ以上は飲酒でさえない。あなたはバーテンダーに会計を申し出、あわせて水を所望した。バーテンダーは水にライムを添えて寄越した。ロングカクテルのようだとあなたは笑った。ストレート、ダブル、を繰り返した客に向ける気遣いとしては破格だ。あなたはグラスを掲げて飲み干した。水があなたの喉に頬に流れた。カウンターにグラスを戻したとき、胸元に漂う色彩に気づいた。
 虹が、とあなたは言った。心の中で。あるいは声に出ていたかもしれない。バーテンダーがあなたを見てほほえんだ。あなたはそのまま唇を動かす。あなたが信奉するロックスターの歌声は、血液成分となってあなたの体内をめぐっている。

あめは、ふるのに、はなは、なかなか。

あなたは声を立てて笑い始める。笑いながらバーを後にする。外は闇夜、六月の長雨は当分続きそうだ。

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2012.10.15 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 創作

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